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神戸地方裁判所伊丹支部 昭和40年(ワ)43号 判決

原告

森武一

被告

善入輝男

被告

善入芳治

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

原告は、「被告らは連帯して原告に対し、金二五万円を支払え。訴訟費用は、被告らの負担とする。」との判決を求め、請求の原因として

一、神戸市兵庫区八多町下小名田字足谷七七〇番田九畝一五歩ほか五筆の土地(以下本件土地という。)は、もと原告の先代森和一の所有であつたところ、訴外沖代宇之助に対し、買戻の特約付で売渡し、その後昭和二年三月二七日和一において代金および契約費用を訴外沖代に対し支払つて買戻したのであるが、都合上登記は被告らの先代善入正一名義にしておいたのである。

二、ところが、右正一の死亡するに及び、被告輝男が正一の相続人として、本件土地を相続により取得した旨の登記を経由したので、和一は被告輝男を相手方として、本件土地につきなされた正一名義の所有権取得登記および被告名義の相続登記の各抹消登記手続を、訴外沖代を相手方として、買戻を原因とする所有権移転登記手続をそれぞれ求めるため、神戸地方裁判所に対し訴を提起し、右訴は同裁判所昭和三三年(ワ)第四〇号事件(以下、前訴という。)として係属した。

三、和一は、前訴において、訴外沖代において原告の主張を認める旨の答弁をしたので、同訴外人に対しては勝訴の判決を受けたものの、被告輝男に対する訴には敗訴し、控訴の申立をしたところ、審理中和一が死亡したので、原告および訴外森秀和が相続人として右訴訟を承継したが、審理の結果控訴棄却の判決を受け、上告の申立をしたけれども棄却されたため、結局原告の敗訴に確定したのである。

四、原告が前訴で敗訴した理由は、被告らおよび訴外善入泰治郎が共謀して、「本件土地を被告先代正一が訴外沖代から買受けた。」旨被告輝男において虚偽の供述をなし、被告芳治及び訴外善入泰治郎において虚偽の証言をなし、その他虚偽の証拠を提出したことにより、裁判所をしてその旨誤信させたためであつて、被告らの公序良俗に反する訴訟行為により、旧事件の確定判決を詐取されたのである。

五、原告は、前訴に敗訴したことにより、本件土地に関し、金一千万円以上の精神的、物質的損害を受けたのであるが、内金二五万円を被告ら連帯して支払うよう求める。

被告らは、主文同旨の判決を求め、答弁として、「前訴が原告の敗訴に確定したことは認めるが、偽証したことは否認する。」と述べた。

立証〈省略〉

理由

〈証拠〉を総合すれば、請求原因第二、三項の各事実および本件土地がもと原告先代和一の所有に属していたが、これを訴外沖代宇之助に売渡して所有権移転登記を経由したこと。被告輝男が、前訴において、被告ら先代正一が本件土地を訴外沖代宇之助から買受けた旨陳述したこと。被告芳治および訴外善入泰治郎が、前訴に証人として、被告輝男の陳述と同旨の証言をしたこと。本件土地は昭和二年三月二八日被告ら先代正一が訴外沖代宇之助から所有権移転登記手続を経由していること。以上の各事実が認められる(但し右認定事実中前訴が原告敗訴に確定したことは、当事者間に争いがない。)。

原告は、原告の先代和一において、本件土地を訴外沖代から買い戻したけれども、都合上被告先代正一名義に所有権移転登記手続を経由していたところ、被告ら共謀して先代正一が本件土地を訴外沖代から買受けた旨の虚偽の供述および偽証をなし、裁判官をしてその旨誤信させて前訴を原告敗訴に導き、前訴の確定判決を詐取したものであると主張し、右敗訴による損害の賠償を請求している。

ところで、訴訟当事者の一方が相手方の権利を害するため、相手方の訴訟手続への関与を妨げ、あるいは虚偽の事実を主張して裁判所を欺罔するなどの不正行為を行なつて、本来ありうべからざる内容の確定判決を取得することにより、相手方に損害を与えたときには、不法行為を構成し、再審による既判力の排除を求めるまでもなく、右損害の賠償を請求できるものと解されている(最高裁判所昭和四四年七月八日民集二三巻八号一四〇七頁参照)。

けれども、かかる不法行為訴訟の実質が、前訴において解決された紛争を再審手続によらないで蒸しかえし、被害者に救済を与えようとするものである点に鑑み、法的安定の尊重という要請から考えても、少くとも前訴の事実審において、十分な攻撃防禦を尽し、あるいはその機会を十分に与えられたうえで、確定した判決の事案にあつては、不法行為により判決を詐取された点について、明白な新証拠を提出しないかぎり、前訴の判断には主張のような瑕疵がなく、一応正当であると推認するのが相当である。

これを本件についてみるに、〈証拠〉によれば、前訴の事実審裁判所では、双方申請にかかる多数の書証および人証を取り調べたうえ、被告輝男の主張を認めて、「本件土地は、訴外沖代から原告先代和一が買い戻したもめではなく、訴外沖代から被告先代正一が買受けたものである。」と認定して被告輝男を勝訴させていることが認められるから、原告および被告輝男が前訴において十二分に攻撃防禦を尽しているものというべきところ、原告の主張するごとき、被告らにおいて虚偽の陳述ないし偽証をしたことを認めるに足りる新しい証拠は見当らず、もつぱら前訴の判断に対する不服を主張するに過ぎないのである。

なお、原告は、訴外沖代が前訴において、原告の主張する「原告先代和一が本件土地を訴外人から買い戻した。」事実を自白している点をとらえて、被告らの供述が虚偽であることの証拠であると主張するけれども、弁論主義の帰結として訴外沖代の自白が原告先代和一を勝訴に導びいたものに過ぎないものであつて、必ずしも右自白が真実であるとは速断できず、かえつて前顕甲第一五、一六号証によれば、前訴の事実審裁判所は、右自白の存在を知悉しながら右自白事実と異つた認定を被告輝男との関係においてなしたことは明白であるから、右自白をもつて直ちに偽証の証拠とすることはできないのである。

以上説示のとおりであるから、前訴の判断には主張のごとき瑕疵はなく、正当であると推認すべく、従つて原告の主張する不法行為の存在は認めるに由なく、その余の争点を審理するまでもなく、本訴請求は失当として棄却すべきである。

よつて、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。(安田実)

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